2024年 サイト名を「もうひとつの結婚式」から、「自宅で花嫁のすすめ」へ変更しました。
2012年、あの震災からまだ一年もたたない頃でした。 結婚式場のキラキラした結婚式の撮影が自分の中で、だんだんつらくなってきていました。 そんなときに、一本の問い合わせを頂きました。
「結婚式に参加できないおばあちゃんと一緒に写真を撮って欲しい」と。
このときの感動は、今でも思い出しても鳥肌が立ちます。
自分の価値観を根底からガラッとひっくり返すような衝撃を受ける出来事でした。
結婚式じゃなかったけど、結婚式よりも結婚式らしい。
ああ、結婚式ってこういうふうに出来ていたんだ…
帰りに新郎さんがつぶやきました。「これは、もうひとつの結婚式ですね」と。
それをそのままサイト名にしました。
この時の感動を、ブログやFacebookで発信すると…賛否両論でした(笑)
東日本の都市部の人は、住宅事情もあってか「自宅」ということに抵抗があったみたい。
西日本の田舎では、わりと普通のこととして受け入れられ、地域による婚礼文化の差を肌で感じました。
なので私の撮影地域も、圧倒的に西日本が多いのです。
当時、撮影した方の中には
ウエディングプランナーさんとか、ウエディングカメラマンさんとか、ウエディングの関係者が多かったのです。
同じ仕事をしている人たちに認められている気がして、うれしかったです。
2015年 銀座のキャノンギャラリーで写真展
その後、福岡 名古屋と巡回展。大阪はスケジュールが合わなくて、札幌は遠いのでやめました。
写真展をしたら、
コラボしたいというプランナーさんとカメラマンさんがどっと現れました。
桂由美さんから直接電話かかってきたりしました。
でも、すべてお断りしました。
私が向かいたい方向と、どこか違っていたのです。
2017年 雑誌PEN 掲載
PENの影響力はすごくて、
テレビの取材や、ラジオ出演もありました(笑)
そして、出版のお話しも頂きました。
2018年 自宅で花嫁のすすめ 出版
PENの掲載+本の出版してから、
あきらかにお客さんとのやりとりが変わりました。
それまで、「おかあさんのハードル」というものがあったのです。
「家でやるのは大変だから」という母を、どう説得するかが山場だったのです。
でも出版してからは、そのハードルをすんなり越えられるようになりました。
それまで、ホームページを見てからの撮影依頼が多かったですが
その後、本を見つけて依頼する人が多くなりました。
それでも、私が年間で撮影できるのは20件ぐらいが限界でした。
それ以上撮影すると、ただこなすだけの仕事になってしまって
撮影している私が楽しくなくなってしまうのです。
2019年 コロナ禍
結婚式業界は、苦境の時でした。
わたしの自宅で花嫁さんの撮影も、
田舎に行くことが多く(汗)
おばあちゃんと絡むことも多く(汗)
ほとんどの依頼がキャンセルになりました。
逆に、ちまたでは小さな結婚式的なものがブームになりました。
わたしはそれに乗れませんでしたが、
少なからず私の撮影が参考になっているのかなあと思っています。どうでしょう?
もし、参考になったというカメラマンさんやプランナーさんがいましたら
本に「参考にしてくれてありがとう 三澤武彦」と、サインしますので、おっしゃって下さいねw
(本は買って下さいね)
2024年これから
初期の頃は、結婚式産業のものになってしまった結婚式を、新郎新婦ふたりのものに取り戻したいという、こだわりを持っていましたが、だんだん私の中でも変化が訪れます。
私が必要以上のこだわりを持つと、花嫁さんたちの想いを圧迫することもあるからです。
わたしは、
結婚式とは、その一日のことをいうのではなくて、
二人がそのために、話し合い、考え、行動するすべてが、結婚式なのではないかと思っています。
それは、手料理やDIYに似ているのかもしれません。
出来映えがどうのと言うよりも、考え行動したその過程や時間、そのものが楽しいんです。それを大事にしたいんです。
私はそういう場と時間を作っているだけかもしれません。
このさき、それがわかってくれる人と出会いたいなあ。
いろいろ心境の変化もあって、
2024年 サイト名を「もうひとつの結婚式」から、「自宅で花嫁のすすめ」へ変更しました。
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