コラム|心と形と価値

コラム|結婚式の歴史のつづきです)

結婚式の歴史というコラムに、こんなコメントをいただきました。
「結婚式というのはその本質も見失いやすくて、本質を見失わせることが結婚「式」の本質かも・・・」 確かに(笑)・・・

冠婚葬祭事というのは、結婚式に限らずお葬式や成人式も、こうしなければならないという形式が先行してそこに疑問を持ちつつも流されていってしまう部分があるのでしょう。
その本質を抜きにして(本質があってもなくても)形式としておこなう行事のことを「冠婚葬祭」と呼ぶことになったのではないかと思えてきます。


結婚式の歴史を調べていて、その形式は誰がはじめたかというと、ある日ある時ある人が思いつきに近い形でやってみたことが、他の人を共感を得てマネをする人がでてきて、そのまま形式化するということを感じました。
たとえば・・・

ある男が恋する女性に野の花を摘んで、結婚を申し込んだ。
女性はイエスの返事の代わりに、花を一輪の男の胸に飾った。

結婚式業界関係者なら誰も知ってるブーケ・ブートニアの儀式です。
話だけでも胸がキュンとしてしまう女子も多いけど

イメージして下さい・・・
一番最初に花を贈った男は、どれだけ真剣に、どれだけ女性のことを想い、どれだけ緊張して花をあげたことだろう・・・・・・

それを思うと、ぼくは男として切なさにもだえ苦しんでしまいます。

やがて、その話を聞き共感した第二の男が恋人のために同じように野の花を摘む・・・こうして形式が出来てゆくのでしょう。そしていつしか形式だけに残って、そのうち本質は隅っこに追いやられてしまう。
現代ではブーケ・ブートニアの儀式のお花の注文を、花嫁さんがお花を決めちゃったりするけど、そこに疑問を持たなくなります。

結婚式限らず、冠婚葬祭のいろいろな形式って同じようにしてはじまったのでしょう。
何の意味があるのかと思える形式でも、それを時を遡って紐解いてゆくと、最初のはじまりのはじまりは人を想うやさしい心だったりします。

ぼくはこのコラムで、形式を否定したいわけでもなく、形式を肯定したいわけでもありません。
形式に価値を求めるのではなく、形式の元になった「心」に価値を求めて欲しいと思うのです。

キャンドルサービスは誰がはじめたんだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
誰が最初にご両親への手紙を書いたのだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
二次会のビンゴは誰がはじめたんだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
そもそも、結婚式って誰がはじめたんだろう・・・?


それをはじめて行った人の、その気持ちをイメージして下さいね・・・・


結婚式はいわれたからやるモノではなくて、やりたい気持ちがあるからすること。

今の結婚式の既成概念に当てはまらないことでも、
その気持ちさえまっすぐであれば、
まわりの人たちはちゃんと共感してくれるでしょう。
やがてそれがスタンダードなことになるかもしれません。


最後は、 話が飛躍しすぎてごめんなさい。








2010/11