家で結婚式  




コラム|
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手作り結婚式
自分たちで作る結婚式へのアプローチ

 


今のウエディング産業の結婚式は
何か違った方向に一生懸命になって、
大事なことを見失っているんじゃないかな。
無駄にお金がかかりすぎるし。

仲間とそんな話になったとき
自分たち夫婦の結婚式もある意味「自分たちで作る結婚式みたい」だったので、
(後述にもありますが、自分の中に結婚式をしたという意識がなかったのです)
その時の事を紹介したら、
もっと「自分たちで作る結婚式」のことを身近に感じてもらえるかもしれないと思って
ここに書いてみようと思いました。

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三澤夫婦の結婚式

 

●結婚前の考え
ヨメさんとは同い年で考え方も似ておりました。
儀式としての結婚式は挙げておきたいね。
でも、今さら豪華な結婚式披露宴よりも式のあとにお互いの家族兄弟でお食事会でもしようと話していました。
結婚式の場所は、お世話になっていた常滑の和尚さんのお寺でしようということになりました。

●その後
ヨメさん一人娘だし、義父のためにも花嫁衣装は着せてやりたいなあと。

●そのうち
ヨメさんのお友達が見に行きたいと言い出して、じゃ、簡単にお茶でも出そうか・・・

●そして・・・
友人が多いうちのおヨメさん。
見に行きたいという人が五〇人を越えたきたので、この際だから宴席でもやろうと・・・、
・・・そうしてようやく重い重い腰を上げました。(最初まったく乗り気じゃなかったの)



で、 ここからやっと結婚式の準備らしくなってきます。
この頃の自分は<結婚式の写真>を撮る以前だったので
ほとんど結婚式のことはわかっておりません。



●方向性
何から手を付けて良いかもわからなくて
とりあえず二人で話し合って、全体の方針としては
来る方も気楽、招く方も気楽なものにしたいなあ、ということになりました。
二人のためにわざわざお越しいただくプレッシャーを感じるのもつらく
「人を招く」というプレッシャーからも逃れたかったのです。。

なので、まわりの人たちには「結婚式の宴会をします」と声をかけたのですが、
出欠をとらないということになりました。
(今思うとすごく大胆だなあ・・・)
会費制で一人1000円ということに。

●場所
場所は結婚式を挙げるお寺の広間をお借りすることになりました。

●料理とお酒
人数がはっきりわからないと、料理やお酒の手配も困ります。
なので
料理は友人がケータリングをしていたので、とりあえず80人の予定で準備をしてもらいました。
あと足りなくなった時、近くのお寿司屋さんにお願いして出前で対応してもらうことに。

お酒も数が読めないので、これまた近所の酒屋さんへお願いして、
足りなくなったらその度に瓶ビールを1ケースごと配達してもらうことになりました。

食器は常滑が陶器の町なのでそこら中から借りてきて、グラスはお寺の湯飲みを使うことに。

●協力者
数人の友人に係をお願いして
受付係 
駐車場係 
料理が足りなくなりそうなったら寿司屋に電話する係
お酒が足りなくなりそうになったら酒屋に電話する係
全体を把握している幹事係


●進行
当日の司会は予定がわかっている新郎新婦みずからがやることになりました。
と言っても、自由に動けないであろうから当日の予定をコピーしてきて
受付で配ることに。
お客さんの移動などの進行は全体を把握している係が担当することに。



書いていたら、昔のことをいろいろ思い出してきちゃったなあ・・・(笑)
信じられないけど、ほとんどの準備はボクがやったの。
ボクが手配してきたことにヨメさんが駄目出しして修正する・・・そんな感じ。



手作り結婚式
<思い切って自分たちの結婚式の時の写真をここに載せてみることに…1996年三月 常滑大善院にて>

●で、当日
大雨でしたが、集まったのは150人
会場は人だらけ、
それを見たら、みんなにありがとうの気持ちで・・・
(準備の忙しさでその時まで忘れておりました)
昼から夕方まで延々6時間呑んでおりました。
ほんとありがと。

家に帰ると
お寺に来なかった友人が待っていて、第二弾・・・

●支払い
次の日
ケータリングの支払いが24万
お寿司屋さんが20万ぐらい
酒屋さんに8万円くらい払ってきました。

その他
衣装着付けで20万くらい
その他、手伝ってくれたみなさんへの御礼とかで +α

会費制にもかかわらず,ご祝儀を持ってきてくれる方もいて
その節は、いろいろありがとうございました。

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何から書いて良いかわからなくて、グチャグチャになってしまいました。
そのうち書き直そうと思います。すみません。

結果的にとても変則的な結婚式になってしまったけど
自分たちができることの範囲で考えていったらこうなってしまいました。

順調に準備したように書いてありますが、実際はバタバタで
結婚式としての体裁を整えなかった(整えることができなかった)ので
三澤夫婦の中では今でも「結婚式とそれに付随する宴会」ぐらいの認識しかありません。
逆に「結婚披露宴をするんだ」と思っていたら、とても準備できなかったかも。
いろいろな余分なことを考えちゃって。



これが 良い方法だとは思いませんが
それでも、来てくれた人はそれなりに喜んでもらえて、
自分たちも会場いっぱいの人を見た時、いろいろな想いが駆けめぐって
やって良かったなあと思っています。

こういう形を結婚式だというと、抵抗がある人も多いでしょうが
背伸びもせず、手も抜かず
この宴会は、三澤夫婦そのものでした。

もう、昔の話です。

以上です。
ご静聴ありがとうございました。

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